「昔の30℃は猛暑だった」昭和の夏の暑さ対策と、令和の猛暑を乗り切る方法

昭和の30℃は猛暑だった

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「いやぁ~、今日は30℃で涼しいねぇ。」

…なんて言葉が普通に聞かれるようになった令和の夏。でも、ちょっと待って。40年くらい前、つまり昭和の終わり頃には――

30℃超え=命がけの猛暑日だったんですよ!?

扇風機がヒーローだった時代

当時、家のリビングにはエアコンなんてありません。あったとしても「一家に一台」レベルで、「クーラーをつけるのは夜だけ」という暗黙の家庭ルールが存在。

「熱い~!冷やしてぇ~!」と叫ぶ私たちを救ってくれるのは、どこかで「ブォーン」と鳴ってる扇風機

しかも、首を振るタイミングを読みながら風を奪い合うという、兄弟姉妹間の風の争奪戦が毎日開催されていたのです。

氷が宝石だった

夏のおやつといえば、冷凍庫でカチカチになった凍らせたカルピス。氷を口に入れた瞬間、天国に行きかけるほどの喜び。

扇風機の前で「あ゛~」と声を出して遊ぶのも定番。あの声の震えが面白すぎて、笑いすぎて余計に暑くなったのも今ではいい思い出。

学校の教室はサウナだった

昭和の小学校はもちろんエアコンなし。

「窓を開けて風を通しましょう!」という先生の号令のもと、風なんか吹かない灼熱地獄の教室で、プリントが汗でくっつく事件が多発。

うちわでパタパタしてたら「手が止まってるぞー!」って先生に怒られる始末。…いや、止まってるのは思考力です先生!

それでも「30℃超え」はニュースだった!

「今日の予想最高気温は、30℃を超える見込みです」

この一言にテレビのお天気お姉さんもやや動揺してたのを、今でも思い出します。

それが今では、「30℃?まだ涼しい方ですね」なんて気象予報士が笑って言ってる。

お姉さん、どうしちゃったの?昔は真剣に30℃で怯えてたじゃん!

ちなみに1980年8月の東京で、最高気温が30℃を超えた日は5日間でした(※Perplexity Ai 調べ)。

昭和の30℃は、令和の人には語り継ぐべき伝説

あの頃は、「30℃超えた=地球終わるかも」くらいの感覚でした。

今や40℃を超える日も珍しくなくなり、「30℃ってなんか心地いいね」なんて会話が成立してしまう時代に。

でも、私たちは忘れません。

扇風機と氷で命を繋いでいたあの熱い夏の日々を――!

あなたの「昭和の猛暑エピソード」、ぜひコメントで教えてくださいね!

昭和の知恵+令和の道具で、今年の夏を乗り切る

昭和の夏は、扇風機と氷とカルピスで乗り切っていました。でも令和の40℃はさすがに根性論では危険です。ここからは、昭和世代の私が実際に使っている「令和の夏の三種の神器」を紹介します。

① 服に吹くだけでスースー「シャツクール」

昭和は扇風機の前で「あ゛~」とやって涼んでいましたが、令和は服にシュッと吹くだけで背中がスースー。私はウォーキングや庭仕事の前に愛用しています。汗のニオイ対策にもなって、ひと吹きで気分までリセットできます。

② 昭和も令和もヒーロー「扇風機・サーキュレーター」

あの頃ヒーローだった扇風機は、令和でも夏の相棒です。今どきのDCモーター式は音が静かで省エネ。エアコンと併用すると涼しい空気が部屋中に回って、設定温度を上げても快適なので電気代の節約にもつながります。

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③ 凍らせカルピスは今も正義「麦茶・カルピス」

冷凍庫でカチカチにした凍らせカルピス、あの多幸感は令和でも健在です。日中の水分・塩分補給は麦茶、がんばった自分へのごほうびはカルピス。冷たい一杯は、昭和から続く熱中症対策の基本です。

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道具は進化しても、夏を楽しむ気持ちは昭和のまま。無理せず、涼しく、今年の夏も元気に乗り切りましょう。

ミケ
ミケ

じゃぁね~ バイバイ~♪

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